昆虫食は何処へ行った
2026年9月24日
世界的な人口増加と新興国の所得向上により、たんぱく質需要の増大、いわゆる「プロテインクライシス(タンパク質危機)」の解決策として一時期大きな注目を集めた昆虫食や代替タンパク質。しかし現在、日本国内においては、特に直接食べる昆虫食の普及は足踏みしているのが実情です。
一方で、昆虫由来タンパク質そのものの可能性が失われたわけではありません。食品としての市場形成には苦戦しているものの、養殖魚や家畜向けの飼料、ペットフード、食品残渣のアップサイクルといった分野では、今後の活用余地が残されています。

責任投資推進室
シニアアナリスト
君島 重晴
人口増加と「プロテインクライシス」の背景
国連の世界人口統計によると、現在約80億人規模の世界人口は、2050年には約97億人に達すると見込まれています。人口増加に加え、新興国の経済成長によって食肉や魚介類、乳製品などの動物性たんぱく質需要が今後も拡大すると考えられます。
2030年代以降、人類に必要な動物性タンパク質需要がひっ迫するリスク「プロテインクライシス」の危機に直面すると予想されています。 この解決策の一つとして脚光を浴びたのが、大豆などを原料とする植物性代替肉や、コオロギに代表される昆虫由来たんぱく質、いわゆる昆虫食でした。
昆虫食の優位性
昆虫食が注目された最大の理由は、その高い生産効率と、条件次第では環境負荷を低く抑えられる点にあります。
従来の畜産は、広大な土地、大量の飼料、そして膨大な水を必要とします。一般的に生体重1kgあたりの飼料量は、牛が約10kg、豚が約5kg、鶏が約2.5kg、コオロギは約1.7kgであり、可食部ベースに換算すると以下のようになります。
(出所)国際連合食糧農業機関(FAO)、「Edible Insects / Future prospects for food and feed security,2013」を基に
三井住友DSアセットマネジメント作成。
また、家畜を生産するために必要な水使用量や温室効果ガス排出量についても、昆虫は従来の家畜より低く抑えられる可能性があるとされています。例えば、牛肉1kgの生産に必要な水使用量は、ウォーターフットプリントの推計で約1.5〜2.2万リットルとされています。一方、コオロギなどの食用昆虫については、飼育条件や算定範囲によって幅があるものの、牛肉に比べて水使用量が大幅に少ないとする報告があります。試算例によっては、牛肉の数十分の1から百分の1以下となる場合もあります(*1)。
また、温室効果ガスの排出量も牛の1/100程度であり、タンパク質の含有量も乾燥重量で多くの場合60~70%前後と非常に栄養価が高くなっています。こうしたデータから、国連食糧農業機関(FAO)も昆虫食を強く推奨していました。
(*1)水使用量は、飲水だけでなく飼料生産に伴う水使用を含む場合があります。ただし、ウォーターフットプリントは、対象種、飼料、飼育方法、加工工程、算定範囲、比較単位によって大きく変動するため、数値比較には前提条件の確認が必要です。
ブームの到来と関連企業の倒産
日本でも2020年に無印良品が「コオロギせんべい」を発売し完売したことでブームに火がつき、多くのベンチャー企業が参入しました。しかし、現在その熱狂は冷め、昆虫食を牽引していた代表的なスタートアップ企業が相次いで倒産に追い込まれました。
●2024年1月:長野県の食用コオロギ養殖ベンチャー「クリケットファーム」が自己破産
(関連2社含めた負債総額負債総額約2.4億円)
●2024年11月:徳島大学発の有力食用コオロギ生産のベンチャー「グリラス」が自己破産
(負債総額約1.5億円)
倒産の背景
食用コオロギは、高たんぱくで飼料効率に優れ、環境負荷を抑えられる可能性がある代替たんぱく源として注目されてきました。栄養面や環境面では一定の合理性がありましたが、それがそのまま消費者の購買行動につながるわけではありませんでした。
日本にはイナゴや蜂の子などの伝統的な昆虫食文化を持つ地域もありますが、全国的には昆虫を食べることへの心理的抵抗が根強くあります。特に、コオロギを粉末化して食品に混ぜる形態は、一部の関心層には受け入れられても、日常的な食品として広がるには限界がありました。さらに、2022年末から2023年にかけて、徳島県の高校でコオロギパウダーを使った食品が希望者に提供されたことをきっかけに、SNS上で批判が広がりました。安全性への不安や子どもへの提供に対する抵抗感に加え、科学的根拠の乏しい情報も拡散し、昆虫食に対する否定的な印象が強まりました。
この騒動が個別企業の倒産を直接招いたとまでは断定できませんが、市場形成や販路開拓には逆風となった可能性があります。
また、日本では肉、魚、大豆製品など既存のたんぱく源が容易に入手できます。消費者があえて昆虫由来食品を選ぶには、価格、味、利便性、環境価値などで明確なメリットが必要ですが、食用コオロギ製品は話題性にとどまりやすく、継続購入される日常食品としての需要を十分に形成できませんでした。
加えて、需要拡大を見込んだ設備投資と実際の市場形成の速度にずれが生じたことも大きな要因です。養殖・加工設備、品質管理、研究開発、販路開拓などに先行投資が必要な一方、売上が伸びなければ固定費や在庫負担が経営を圧迫します。
結果として、昆虫食への心理的抵抗、日常食としての必然性の不足、否定的イメージ、販路形成の難しさ、先行投資負担が重なり、事業として十分な市場規模を確保できなかったと考えられます。
代替たんぱく質の現在と今後の展望
昆虫食が苦戦する一方で、大豆ミートなどの「植物性代替タンパク質」は、健康志向やヴィーガンの広がりもあり、スーパーの精肉コーナーの隣に並ぶなど、一定の市民権を得つつあります。
また、昆虫由来たんぱく質の可能性が失われたわけではありません。人が直接食べる昆虫食は、日本では心理的抵抗や価格面の課題から普及に時間を要していますが、海外では食用昆虫市場の拡大が続いており、世界市場は2030年に約43.8億米ドル規模に達するとの試算もあります。
日本国内でも、昆虫由来たんぱく質は人間向け食品に限らず、養殖魚や家畜向けの飼料、ペットフード、食品残渣のアップサイクルなどで活用余地があります。世界的に魚粉価格が高止まりするなか、昆虫を代替たんぱく源として利用できれば、資源循環型の供給につながる可能性があります。
今後は、「人が虫を食べる」という抵抗感の強い市場から、飼料やペットフードなど、より受け入れられやすい領域へ軸足を移すことが現実的です。植物性代替肉や食品ロス削減なども組み合わせながら、多角的にたんぱく質需要の拡大に対応していく必要があります。
まとめ
一連の昆虫食ビジネスの挫折は、「環境に良い」「データ上優れている」という論理やサステナビリティの理念だけでは、人々の食文化や感情を短期間で変えることは難しいという教訓を示しています。一方で、人口増加によるプロテインクライシスへの対応は今後も重要な課題です。消費者が無理なく受け入れられる植物性代替肉の普及、食品ロスの削減、飼料としての昆虫活用など、現実的で多角的なアプローチを通じて、持続可能なたんぱく質供給の実現を目指す必要があります。
当社は今後も、環境課題の解決に資する技術やサービスの可能性を見極めるとともに、それらが社会に受け入れられ、持続可能な形で広がっていくための条件にも注目してまいります。
<参考資料>
- 国際連合(UN)人口予測データ
https://population.un.org/dataportal/home?df=ff28ca1b-fdeb-49aa-80f7-9fe503ce1500
- 国際連合食糧農業機関(FAO) https://www.fao.org/home/en/
© FAO、2013、“Edible Insects / Future prospects for food and feed security”
© FAO、2020、Family Farming Knowledge Platform/ “How much water is in 1 kilo of beef?”
https://www.fao.org/family-farming/detail/en/c/1300546/
参照日:2026年9月10日
- Grand View Research, “Edible Insects Market Size, Share & Trends Analysis Report,”
https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/edible-insects-market
参照日:2026年9月10日
- Udomsil, N., Imsoonthornruksa, S., Gosalawit, C., & Ketudat-Cairns, M.(2019)“Nutritional Values and Functional Properties of House Cricket (Acheta domesticus) and Field Cricket (Gryllus bimaculatus) Powder.” Food Science and Technology Research, 25(4), 597–605.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fstr/25/4/25_597/_article
参照日:2026年9月10日
- Elsevier / ScienceDirect, Advances in Food and Nutrition Research(Book series)
Ehttps://www.sciencedirect.com/science/chapter/bookseries/pii/S1043452622000110#article
参照日:2026年9月10日
- 日本経済新聞
丸紅、昆虫を養殖魚の餌に 高騰する魚粉を代替
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC025P60S3A300C2000000/
- 信濃毎日新聞デジタル
食用コオロギ手がけるクリケットファーム、破産手続き開始決定
https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2024013101087
- 朝日新聞
食用コオロギ生産のベンチャーが自己破産申請
https://www.asahi.com/articles/ASSCP2TF3SCPPUTB002M.html?msockid=35b1018365066f4d071d145f647c6e91
- 前回のニュースレター:インドの法定CSR制度から見える「もう一つのCSR」



