原油価格を踏まえた日本株のシナリオ分析
2026年3月18日
● 中東情勢の不透明感が続く中、「原油価格の水準」を起点に、日本株への影響を3つのシナリオ(楽観・リスク・テールリスク)で分析した。
● 楽観シナリオ(75ドルへ低下)では夏場に向けた一段高を見込むが、リスクシナリオ(100~120ドルが長期化)では世界的な需要悪化とFRBへの利上げ警戒から二番底を探る展開も想定される。テールリスク(150~200ドル)では、広範な供給ショックにより株価低迷が長期化するリスクがある。
● 各シナリオでの原油価格が1年続いた場合のTOPIXのEPSへの影響を計量モデルに基づき試算すると、楽観シナリオで▲1.24~▲2.48%、リスクシナリオで▲4.95~▲7.43%、テールリスクシナリオで▲11.14~▲17.33%の押下げ要因となる。テールリスクでは供給制約が生じていると見られるため、マイナスはさらに大きくなる可能性があるだろう。
● 原油価格については、WTIやブレントは100ドル前後で推移しているが、日本が主に輸入する中東産(ドバイ原油)は既に153ドルまで急騰しており、日本は実効ベースで既に「テールリスクの領域」に足を踏み入れつつある点に警戒が必要である。
見通せない中東情勢
中東情勢の不透明感が払拭されない。トランプ米大統領が米中首脳会談を延期してまで中東対応にリソースを割いている状況から判断すると、事態の収束にはなお時間を要するとの見方が広がっている。一方で、最初に「高めのボール」を投げてディールを優位に進めるのは大統領の常套手段であり、最終的には妥協に転じる「TACO(Trump Always Chickens Out:トランプはいつも最後は尻込みする)」の展開を見込む向きも少なくない。しかし、仮に米国が歩み寄ったとしても、イラン側が応じないリスクは残存する。こうした背景から、市場参加者の間でも確信度の高いメインシナリオを描き切れず、株価は方向感を欠く「宙ぶらりん」の状態が続いている。
原油価格を起点にシナリオを逆算
中東情勢の展開には無数の変数が絡み合い、想定される経路は極めて複雑かつ多岐にわたる。しかし本稿では、投資戦略上の実用性を重視し、事態の複雑さをあえて「原油価格の水準(および高値の持続期間)」という単一の軸に集約し、大きく3つのシナリオに大別して考察した。
通常は「特定の地政学イベントが発生した結果、原油価格がどう動くか」を予測するアプローチをとるが、先行きが極めて見通しにくい現状において、今回は逆の視点を採用した。「原油価格が特定の水準に至った場合、その背後でいかなる事態が生じていると想定されるか」という前提に立ち、世界経済、日本経済、そして日本株への影響を整理している。
原油価格別の3つのシナリオ(図表1)
① 楽観シナリオ(長期化回避):原油価格は75ドル程度で定着へ
原油価格が数ヶ月以内に落ち着くが、従前より高めの75ドルに定着するベースケースでは、おそらく中東の緊張は今後、徐々に収束に向かい、ホルムズ海峡の安全な航行がある程度回復していると見られる。このシナリオ通りに推移すれば、世界GDPへの下押しは年0.1~0.2ポイント程度にとどまり、一方、インフレへの影響も限定的で、市場でFRBの利上げ期待が点火する可能性は低いだろう。日本のGDPへの下押しも年0.1~0.2ポイントに限定され、日本経済の回復基調は継続する。日本株は目先こそボラティリティの高い地合いが続くものの、原油価格の沈静化に伴い直近のアンダーパフォームを取り戻すだろう。さらに夏場にかけて、高市政権の「骨太の方針」や成長戦略が具体化することで政策期待が加わり、一段高の展開が見込まれる。
② リスクシナリオ:原油価格100~120ドルでの高止まりが長期化(半年以上)
100~120ドルの高水準の原油価格が定着するリスクケースでは、中東の緊張およびホルムズ海峡の航行の制限が長期化していると見込まれる。イランと関係が良好な国の船舶は航行可能だが、米国寄りの国の船舶の航行が困難で、原油の供給は賄われるが、高値でないと買えない状況になる。マクロ的には、供給制約ではなく、交易条件の大幅悪化による需要悪化シナリオで、世界GDPは年0.6~0.7ポイント押し下げられるが、一方でインフレ期待が上昇し、市場ではFRBの利上げ期待が織り込まれ始める。日本のGDPは年0.5ポイント程度の押し下げが見込まれ、26年はゼロ成長となるリスクもある。国内景気の失速に、FRBの利上げ警戒によるリスク資産に対する重石が加わった場合には、日本株は二番底を探る展開になる可能性がある(EPSの下押しに加え、リスクプレミアム上昇によるバリュエーション調整も重なりやすい)。
③ テールリスクシナリオ:原油価格が150~200ドルへ急騰
原油価格が150~200ドルへ急騰する局面では、原油の供給制約が発生していると見られ、世界経済に甚大な供給ショックが生じていると見られる。供給ショックと需要ショックの連関で、世界経済はGFC(世界金融危機)、コロナに匹敵するリセッションのリスクに直面する。各国政府・中銀は政策を総動員で対応し、金融市場は急調整後、政府・中銀の対策を好感して反転するが、供給制約で経済の天井が下がる中、株価も元の水準を下回る状況が長期化する。この状況下では、各国の資源事情により影響の地域差が顕著となり、資源輸出国である米国も輸入依存の側面があるため無傷ではないが、資源輸入国である日本はより深刻な原油供給の制約と大規模な物流網の混乱に直面する。
シナリオ別のTOPIXのEPSへの影響(図表2)
上記のシナリオによる株価への影響をより定量的に測る目安として、シナリオ別にTOPIXのEPS(1株当たり利益)への影響を試算した(※)。楽観シナリオで▲1.24~▲2.48%、リスクシナリオで▲4.95~▲7.43%、テールリスクシナリオで▲11.14~▲17.33%の押下げ要因となる。テールリスクでは供給制約が生じていると見られるため、マイナスはさらに大きくなる可能性があるだろう。今回の中東問題の発生前の時点で、26年度のTOPIXのEPS成長率は13%強と見込まれていた。楽観シナリオであればマイナスはほぼ吸収可能、リスクシナリオでも、半減で済むが、テールリスクシナリオでは減益に転じることは避けがたいと見られる。
(※)モデルは、原油価格上昇の実質GDP、名目GDP、インフレ、ドル円への影響は内閣府モデルを基に試算し、そこから計算される名目GDP、ドル円の変化によるTOPIXのEPSへの影響は当社モデルを基に試算した。
最大の留意点:日本は既にテールリスクに直面
最後に、本稿における最大の留意点を指摘しておきたい。市場の関心は往々にしてWTIやブレント原油に向きがちだが、原油輸入の9割以上を中東に依存する日本にとって、真に注視すべき原油価格は中東産(主にドバイ原油)である。現在、原油の油種間で劇的な価格差が生じている。3月17日時点でWTIやブレントが100ドル前後で推移する一方、ドバイ原油は153ドルまで急騰している。すなわち、日本が直面している実効的な原油価格は、本稿で定義したテールリスクの領域に足を踏み入れつつある(図表3、4)。
政府が石油備蓄放出に加え、ガソリン価格を1リットルあたり170円程度に抑制する方針を打ち出しているため、日本経済及びマクロ的な企業収益へのマイナスの影響は、上記の機械的なモデル試算(今後、楽観シナリオに転じる場合でも、この水準の油価が3ヶ月続くと、日本の成長率への影響が▲1.14/4=▲0.3ポイント、TOPIXのEPSへの影響が▲11.14/4=▲2.8ポイント)より軽減される可能性はある。しかし、プラスチックや化学製品など原料コストが直撃しやすい領域への悪影響は避けられず、同時に政府の財政負担が膨らむ恐れもある。
シニアマクロストラテジスト
渡邊 誠



