中長期的な上昇過程にある日本株式市況 ~米ドル建てでも上昇余地~
2026年8月4日
● 円高になりにくい環境で円の実質為替レートが安定するためには日本のインフレが長期化する必要性
● 国内ではインフレのヘッジとして日本の株価には上昇余地がある
● 円安で日本企業の海外資産評価額は増加・円建て株価の上昇で米ドル建てでも株価に上昇余地
AI・半導体関連の株価下落で日経平均株価が下落
2026年6月下旬から7月にかけて日経平均株価が調整局面にあった。AI・半導体グループ(Bloombergでは情報技術という名のグループ)に所属している銘柄群のうち、比較的時価総額の大きないくつかの銘柄の株価が、行き過ぎた期待の反動として下落したからだ(図表1)。
次に出てくる疑問は、AI・半導体グループの株価上昇が一服すれば、日経平均株価も上がらなくなってしまうかどうかという点だろう。
筆者は、インフレのヘッジとして日本の株式市況には中長期的に上昇余地が大きいと判断しており、7月の日経平均株価の下落は更なる上昇に向けての一時的な調整局面だった可能性があると判断している。
米ドルに対する円の実質為替レートは名目為替レートより下落
米ドルの対円レートを指数化し(米ドル高円安になるほど数値が上昇)、1995年1月を100とすると、2026年6月時点で62.0と、円は米ドルに対して38%下落した(図表2)。消費者物価を使用して実質為替(名目為替レートを内外の物価差で調整したレート)を同様に指数化すると、2026年6月時点で33.0と、円は米ドルに対して67%下落した(図表2)。円の実質為替レートが名目為替レートより大幅に下落した理由は、米国の物価水準と日本の物価水準の乖離が拡大したからだ(図表3)。6月の消費者物価上昇率(前年同月比)を見ると、米国は+3.5%であったが、日本は+1.7%であった。
実質実効為替レートでは円は1965年とほぼ同水準
実質為替レートを、各国・地域の貿易ウェイトで加重平均したレートを実質実効為替レートと呼ぶ。1997~1998年のアジア通貨危機のきっかけとなったタイバーツと、日本円を実質実効為替レートの指数(1995年1月を100)で見ると、2026年6月時点で、日本円は38.5へ下落したが、タイバーツは104.0へ上昇し、対照的だ(図表4)。ちなみに、日本円の実質実効為替レートを、1964年1月を100とした指数でみると、2026年6月には109.1であり、1965年とほぼ同水準である(図表5)。ここもと日本円が相対的にいかに下落したのかがよくわかる。
経常収支は黒字なのに円高傾向になりにくい
日本の経常収支は黒字傾向を維持しているが、その多くは第一次所得収支(海外への投資から得られる配当金・利息の受け取りから、海外からの投資に対する配当金・利息の支払いを差し引いた収支)の黒字である(図表6)。第一次所得収支黒字は、海外で受け取る配当金・利息が海外へ支払うよりも多いことを意味しているが、海外での受け取りのほとんどが現地で再投資に使用されるため、円高圧力になりにくい。
一方、2022年のロシア・ウクライナ戦争を契機に、商品市況が上昇し、貿易収支は年間値では2022年以降、赤字で推移している。2026年2月28日に開始されたイラン・米国戦争を契機にホルムズ海峡の航行が制限され、原油価格が上昇したため、2026年の貿易収支も赤字で着地すると見込まれる。また、インバウンドによる旅行収支の黒字は続いているものの、外貨建て保険に伴う再保険支出を反映した保険収支赤字、クラウドや映像コンテンツなどサービスへの支出を反映したデジタル収支赤字、専門・経営コンサルティング支出を反映したその他業務収支赤字を反映して、サービス収支赤字は拡大傾向にある(図表7)。NISAなどを利用した外国株式投資信託への純流入傾向(図表8)、米国の利上げ観測を背景とした米ドル高も踏まえると、中長期的には円安米ドル高の流れが続く見込みである。
円買い介入だけでは円高の持続性に疑問
7月31日には日米の金融当局が円買い介入を行い、米金融当局が円安是正に協力的な姿勢を見せたことから、一時的に円高米ドル安となった。しかし、円買い介入はあくまでも日本の金融当局が想定する行き過ぎた円安を是正するための措置であるとみられる。ファンダメンタルズに大きな変化が出てきていないため、円買い介入だけでは円・米ドルの実質為替レートの下落傾向や円の実質実効為替レートの下落傾向を反転させる水準まで円高米ドル安が持続する可能性は限定的と考えられる。
米国株式が急落すれば日本では急激な円高・株安も
日本人投資家はNISA枠組みを利用して、米国など外国株式投信に積極的に投資しており、この流れは円安米ドル高を生みやすい。一方、データセンター設立などの行き過ぎた期待が調整される形で米国株式市場が大幅に下落する局面になれば、米国株式投信の解約を通じて資金が日本に回帰することで、急激な円高米ドル安の流れが出てくることはありそうだ。ただし、この場合、米国の家計部門ではバランスシート調整を通じて景気が下振れるため、日本を含めて世界的に株式市場が調整する可能性がある 。
アジア通貨危機前後のタイバーツに見る実質為替レートの特性
実質為替は中長期的に一定の水準に戻ろうとする特性がある。1997年7月に始まったタイバーツ切り下げの以前は、タイ中銀がタイバーツを事実上米ドルペッグ(為替レートを米ドルの変化に紐づける制度)に近い形で管理し、米ドルに対するタイバーツ名目為替レートを安定させていた。しかし、タイのインフレ率が米国のインフレ率よりも傾向的に高かったため、バーツの実質為替レートが上昇してしまった。バーツ買い介入で外貨準備高が急減したことも相俟って、タイ中銀は名目のバーツの対米ドルレートを切り下げることによって実質為替を安定させる事態に追い込まれた。
インフレのヘッジとして日本の株価に上昇余地
一方、円の実質為替レートは名目為替レートより下落しているにもかかわらず、上述のように円の対米ドル名目レートが上昇傾向に転じるようなファンダメンタルズの変化はなさそうだ。円に関しては、名目為替レートの傾向的な上昇による実質為替レートの大幅な調整が機能しにくい。こうした環境では、日本のインフレ率が米国のインフレ率より傾向的に高くなり続けることで、実質為替が上昇するように働きかけるしかなさそうだ。日本のインフレ率に上振れ余地があるとの当社の判断を前提とすれば、そのヘッジ手段として日本の株価には上昇余地があると考えられる。
米ドル建てでも日本の株価に上昇余地
1985年9月22日のプラザ合意(米国、日本など先進5か国が米ドル高の是正に合意)後、円高米ドル安が進展した。日本の企業は製造業を中心に海外進出し、通貨高による輸出競争力の低下に対して備えた。日本企業の海外への直接投資(海外資産)は増加傾向にあり、GDP比でも上昇傾向にある(図表9)。日本企業の海外依存比率(現地売上・輸出売上の合計)は拡大傾向にあり、企業価値の評価では円安メリットを享受しやすい構造となっている(図表10)。円安になると、海外資産の円建て評価額が上昇するため、当該企業のファンダメンタルズは改善することになり、株高の要素として解釈されやすくなる。このように日本の株価は円安になると上昇しやすいため、米ドル建てで日経平均株価を見ても、円建てとのリターンの乖離はさほど大きくならない。そのため、日本の株価は米ドル建てでも上昇余地があるといえる。2025年1月1日を100とした指数を比較すると、2026年7月31日に、円建てで161.3、米ドル建てで161.2とほぼ同水準であった(図表11)。日本の株価は円安を受けて上昇しやすいため、為替変化を通じて米ドル建ての株価が大幅に下落するような事態になりにくいと当社は分析しているが、市場環境によっては当該特性が機能しない可能性がある。
こうした日本の株価の特性は、ハイパーインフレ(短期間にインフレ率が急加速する状況)を受けたトルコの株価と比較すると対照的だ。トルコリラ建てでBIST100指数(トルコの代表的な株価指数)は上昇したが、米ドル建て指数との乖離が大きい。上記と同様の指数を見ると、2026年7月31日にトルコリラ建てで136.9、米ドル建てで101.9と、30%超の乖離があった(図表12)。トルコでは貿易収支赤字が続いており、直接投資の純流入国であるため第一所得収支も赤字である。経常収支が赤字の通貨はリスクオフ局面で強力な売り投機に遭いやすく、米ドル建てでは株式市況が上昇しないこともある。
チーフアジアストラテジスト
佐野 鉄司



